mizhoylog

イラストレーションを描く人のブログです

Webサイトをリニューアルした

Web制作の仕事をすると、自分のWebサイトを作るハードルが上がる。でも重い腰を上げて、どうにかリニューアルした。今をときめく?CMSwordpressを全面的に頼ったが、かつて一世を風靡したMovable Typeみたいに今後すたれたりするんだろうか。SNSもいつまでそのサービスが続くかわからない。Webサービスの栄枯盛衰を思う。

結局独自ドメイン+HTMLでシンプルに作るのが、企業活動や経済状況に左右されず、安定してWebサイトを運営できるのではないだろうか。

…などと1年間ぐらいごちゃごちゃ考えていた。あまりにも怠惰である。このままだとおばあちゃんになって「わ…わたしの…う、うぇぶさいと…できた…!」とか晩年に言い出しかねないので、もうすごい勢いで作ってアップする。

つべこべ言わずに早くやったほうがいいですね、何事も。

黒柳徹子「トットチャンネル」:テレビの歴史を生きる

彼女の書く文章の、つんのめるような独特のリズムが好きで、「窓ぎわのトットちゃん」は小さい頃からなんども読んだ。そんなことを思い出して、ドラマ化による満島ひかりの帯がかかっているこの新装版文庫を手に取った。

トットチャンネル (新潮文庫 く 7-2)

トットチャンネル (新潮文庫 く 7-2)

読んでみると、あのリズムはそのままに、彼女らしい素っ頓狂なエピソードがたくさんで読みやすく面白い。昔のテレビの現場は試行錯誤ながら本当にムチャクチャで、今だったら速攻で「放送事故」とかいってまとめサイトのネタになっちゃうようなものばかりだ。

しかし、最後に新装版文庫の解説と筆者のまえがきを読んでみたら、なんだか感傷的な気持ちにおそわれた。本編が書かれたのは今から32年前、その時点でも昔を懐かしんでの話なのに、現代から見たら日本のテレビの創生期なんて伝説みたいなレベルの回想になる。
その中で、黒柳徹子さんはずっと現役を走ってきた。この本の中に出てくる温かい大人たちは殆ど亡くなり、彼女自身が生きる歴史みたいになって、のこされたものとして、日本のテレビ放送が開始された約60年前から現代までをまえがきで振り返る。
私は、テレビジョン、という響きが今でも好きだ。見ている人が少ない、ということは、まだ視聴率も問題にされなかった。何かを言って、問題にされることもなかった。思えば、窮屈なところがおよそない、自由な時代だった。
撮影現場でエキストラ役をうまくやれず、怒鳴られ追い出された爺さんの老いをいたんで泣きじゃくっていた若い彼女が、数十年後、テレビの歴史をある種の痛みをもって振り返るだなんてこと、誰が想像しただろうか?

本屋と読書について

高田馬場にある芳林堂書店破産申請のニュース。「またか…」と思ってショックを受けた。

芳林堂も破産、書店閉店が止まらない日本--書店復活の米国との違いとは? - CNET Japan http://japan.cnet.com/sp/t_hayashi/35078425/ 

本を読むのが楽しい

 今さら読書がブームだ。本を読むのが楽しくて、スタンフォードの人生を変える自己啓発書からロシアの不倫小説まで、往復1時間弱の通勤時間を使い、1週間1冊のペースでわくわくと読んでいる。こんなに楽しくなったのは、いままでと少しやり方を変えたからだ。

読みたい本だけ読む

「これは最低でも読むべき」や「常識として読んでおかないと」とかそういうのは忘れて、その時読みたいなーと思った本を、どんなにくだらないように見える本でも思い切って買う。当たり前といえば当たり前なんだけど。

本屋に行って買う

自分が本当に読みたい本は、本屋に行って実際に眺めたほうがわかりやすい。店員のおすすめ、面出しされている表紙や帯、ドラマや映画の原作、この前誰かがおすすめしていて読みたかった本、など記憶や色んな情報と混ぜつつ、店内をフラフラしたり手に取ったりして、しっくり来る一冊を決める。いいのがあったら出だしを読んで、面白ければ買う。読みたい本をメモしておいてもいいけど、必ず触って中身や手触りを確認する。(犬が初めての食べ物に対してくんくんする感じに近い)

この「しっくり感」がたくさん発生する本屋は自分に合っているということだ。通うべし。個人的なお気に入りは神保町の東京堂書店千駄木往来堂書店なんかで、規模こそ大きくないものの、本のセレクトと見せ方が絶妙なため欲しい本がいつも何冊か見つかる。

何冊も買わない、読み終わったら次の本を買う

技術書や仕事の本でもないかぎり、いわゆる「積ん読」をしない。読まなければ、という義務感は読書をつまらなくする。読み終わったら次の本が欲しくてたまらなくなるぐらいがいい。逆に読んでる本がつまらなくて進まなくなったら読むのをあっさりやめる。また、一冊読み終わると連想ゲームみたいに次の読みたい本が出てくる時がある。そういうのを逃さないようにする。

お気に入りの読書お供グッズを持つ

自分読書における三種の神器がある。ブックカバー、ふせん、読書記録しおりだ。

ブックカバーは実家の押入れに眠っていた、バーバリーの文庫版のやつだ。手になじみすぎて撫でさすり続けたい。モモンガ状のブックカバー「ホホンガ」もやや色あせたが悪くない。
ふせんは半透明の coco fusen(ココフセン)。本に挟んで好きなフレーズに貼る。読んだ本のことをすぐに忘れるので、こちらのブログ「アナログ読書管理について効果とツールを振り返り。 - 青猫文具箱」で紹介されていた「Beahouse 読書記録しおり ワタシ文庫」を買った。読んだ本も読み終わらなかった本も書いておく。感想書く欄が控えめなのがいい(笑)。

なくなると困るので今日も本屋に行く

電子書籍もたまに読むけど、書籍で読むのと比べて脳内に残るものが少なく感じてメインにはしなくなった*1。これだと暇つぶしに携帯でネットサーフィンするのとそんなに変わらない。

というわけで、こういう読み方をしているわたしにとって、本屋がなくなるのはいち大事だ。特に高田馬場芳林堂書店は22時近くまでやっていて、古めかしいトイレがあって、旅行本と人文系・専門書が充実していて、静かで好きだった。行けばなんとなく長居してしまう本屋だ。

幸いにして東京に住んでいるため大型書店もたくさんあるし、TSUTAYAブックファーストもよく行くけど、売れ筋だけじゃない本を置く本屋は貴重な存在なのだ。自分の意識できないところで必要としているものを発掘する作業ができるからだ。

ただ、今回の倒産は売り上げだけじゃなくて日本独自の出版流通の問題も絡んでいたりするようで、個人でたくさん本を買う以外にどうにかならないのかしらと思う。思いつつ、芳林堂書店をこそっと覗いて、また何か読んで、また何かしら書くしかないのかな。

*1:古いけど関連した研究もあった:書物は手からも“読んで”いる? 電子書籍と紙の違いを研究 - ITmedia eBook USER http://ebook.itmedia.co.jp/ebook/articles/1408/27/news021.html

小川洋子「ことり」:鳥かごの中の自由

文庫版の表紙がさらさらすべすべしていて気持ちよさそうだったから買った。

ことり (朝日文庫)

ことり (朝日文庫)

 

 人間の言葉が話せないが小鳥のさえずりがわかるお兄さんと、そのお兄さんの言葉が唯一わかる弟(小父さん)の、よくできた鳥かごの中のような暮らしの話。たとえばお兄さんは棒つきキャンデーのことを「ポーポー」という。鳩っぽい。

両親が早くに死んでしまったため、彼らは自宅でひっそりと生きる。小父さんが外で会社のゲストハウスの管理人として働く。兄の外出は、近くの薬局に行ってポーポーを買う時と、近所の幼稚園で小鳥の鳥小屋を見にいく時に限られている。後は林檎を剥いて、庭にあるバードテーブルに置いてそれをついばむ小鳥たちを眺めたり、ふたりで夕食後にラジオを聞いて過ごす。

外界からはできるだけ遮断された、静かで、居心地のよい空間だ。でも、時々外から闖入者がやってくる。近所で幼児へのいたずら事件が起きると、不審者だと思われて疑われたりする。誰にも(できるだけ)迷惑をかけず、小鳥の声を聞いて暮らしているだけなのに、どうして外から見るとよくわからなくてうさんくさくなるんだろうと思う。少し冷たい風が心の中をすっと通る。

彼らは旅行だって、完璧な行程と完璧な荷造りをした時点で完結する。荷物をつめたボストンバッグのファスナーも、スルスルと気持ちのよい音を立てて閉まるぐらいだ。

居間の床に広がる品々が、お兄さんの手から一個ずつボストンバッグの中へ消えてゆくのを眺めるのが、小父さんは好きだった。お兄さんの手つきを見ていると、自分たちの旅が安全で、自分たちのいる世界が平穏であると確かめられる気がした。 

実際のところ、近所にこういうおじさん二人がいたら、やっぱり少し警戒しながら、距離を置いてしまうだろう。社会の流れが早すぎて、彼らのような人たちはあっという間に濁流に飲み込まれ、見えなくなってしまう。異物感だけ残る。

でも、同時にそういう人たちや対象を大事にしたいとわたしはどこかで思っている。明確には思い出せないけど、遠い記憶のどこかに、彼らがいた気がする。あるいは過去の自分の中に。大人になる時に捨ててきた、手のひらで何度も撫でた宝物に。おじさんたちは単なる社会のアウトサイダーではない。本当は、彼らのことを胡散臭く思う人もそうでない人も、みんな心のどこかでよく知っているのだ、小父さんのような人たちのことを。

お兄さんがいなくなって小父さんがひとりになると、少しずつ歯車が狂っていく。平和だった世界に混乱が生じる。でも、不器用な小父さんなりに戦ったり抵抗したりして、守るべきものを守ろうとする。そして魂の解放がなされる。ラストで良かったなあ、と思って、不意に泣きたくなった。

お兄さんの言葉が分かったのと同じように、小父さんにはメジロの言っている意味が分かった。あらかじめ小父さんの中に用意されていた場所へ鳴き声が届き、約束の通りそこへ収まって、何の無理もなかった。 

 小川洋子氏の著作は初めて読んだが、すっきりとした文章と、ディティルの積み重ねが心地よく読みやすかった。あと何故か忘れていた過去の記憶が呼び起こされる効果がある。不思議といやな感じはしない。